(d) 登記制度
優先株式は登記に掲載されます。つまり見たければ誰でもその内容を閲覧できるということです。普通株式であっても、登記は行われますし、増加した資本金の額や株式数を知ることはできます。明確にわからなくても、投資家の持分比率、企業価値評価、投資額を推定することができます。しかし優先株式の場合には、内容が記載され、どのような条件になっているのかも明記され、外部の人にさらされます。また、ストックオプションの場合は、契約で定める内容は、当事者間だけで変更できますが、株主総会で決定し、登記まで行った優先株式の内容を変更するのは、手続き的にも非常に困難です。このような契約の内容から、どこの弁護士事務所が関与した可能性があるということすらわかってしまうといわれています(まだ専門家が少ないだけに)。
(e) 専門家のサポート
優先株式を発行すると、通常の株主総会の他に、種類株主総会を開催しなければいけないケースが増えます。一つのことを決議するだけでも、A種優先株式株主総会、B種優先株式株主総会といったように、複数の株主総会を開催する必要があるのです。そうなると手間も増えますし、間違いも増えます。また種類株主総会を行わないと効力が生じない事項を、その総会の開催を失念したときに決議が無効になります。その場ですぐに気づけば、取り返し末来ますが、仮に上場審査の段階で、その失念が発覚した場合、上場が延期になるだけでなく取りやめになるリスクもあります。このようなケースは決して少なくありません。そのため、優先株式を発行したことによる様々なリスクを防ぐためには、専門家のアドバイスが不可欠です。当然、専門家のアドバイスを求めれば、それだけコストアップの要因になります。ちょっとしたベンチャー投資でそういったコストが負担できるかというと、相当大型案件に限られることでしょう。
さて、前回の分も含めて、優先株式が日本で普及が進まない理由を5つほど記載してきました。しかしながら、徐々に優先株式の普及が進んでいることも確かです。普及が進めば進むほど、実務が行われ、関係者各人の経験値も高まり、弁護士、司法書士等の専門家の数も増え、ベンチャー企業や投資家が安心して優先株式を導入する環境も整備されていきます。このようにポジティブフィードバックが働くのです。
実務家が増加すれば、各種ケースを想定した実務書、ブログの記事も増え、投資案件が増加することで、契約書等のひな型がネットに現れ、コストも下がっていきます。このような情報の伝達やコストの低下が起きれば、優先株式をベンチャー投資に使おうという雰囲気も熟成されていくでしょう。